母の涙、母の心、あまりに大きくて



 こんにちは、木村耕一です。


まもなく、新装版『親のこころ』が発刊となります。
本には書けなかった、自分自身の母への思いを記してみました。


母が泣いている。
6歳の私が、顔に炭をつけ、「かあちゃん、きらい」と言ったからだ。
理由は、よく覚えていない。
母が私の顔を洗ってくれた。
それに反発して、庭へ走り、顔を真っ黒にしたのだった。
私には、2歳下の弟がいる。
弟は2階の両親の部屋で寝ていた。
私は1階の祖父母の部屋で寝ていた。
だから母の記憶は、あまりない。
いつも祖母に甘えていた。
寝る前に、祖父が「ももたろう」や「花咲じいさん」を聞かせてくれた。
ホントは、いつも母と一緒の弟が、うらやましかったのだろう。
自分をかまってくれないくせに、という思いから、顔を洗ってくれた母に反発したのだろう。
「きらい」と叫んで、母の涙を見て、「悪かった」と思った。
45年たった今でも、母の悲しい顔が浮かんでくる。
それからだった。
私も両親の部屋で寝ることになったのは。
でも、その時、母と祖父母の間で、どんな会話があったのか……。
母に、さらに辛い思いをさせたのではないか……。
今だからこそ、心配になる。
自分の記憶にないところで、どれだけ母に、苦労をかけてきたのだろうか。


母が泣いている。
小学3年になった弟の、授業参観の日だった。
弟が作文に、「ぼくは、この家の子ではない。のけものにされている」と書いたという。
母は、担任の先生に、「兄弟に、平等に接してください」と言われたと、泣いていた。
私は何も理解できないまま、母の悲しい顔を見ていた。
自分には、弟を思いやる心が、なかったのではないか。
今だからこそ、思う。
母親を独り占めにすることしか考えていなかったのではないか。
それが弟に寂しい思いを与え、母をも苦しめる結果になったのではないだろうか。


母が泣いている。
20歳を過ぎた私を抱くようにして。
「死んだら、どうなるのだろう。死が怖くない?」と言ったからだ。
「かわいそうに。そんなことを考えているの」と、母は言った。
よほど心配になったのか、
「ああ、この子、かわいや、かわいや、今から、そんなこと考えて」
と、幼い時と同じように、私の背中をさすって泣いていた。


いつまでも子供のことを思ってくれる母。
その大きな心を、どれだけ受け取ろうとしてきただろうか。
70歳を過ぎ、体が一段と小さくなった母。
照れくさかったけど、今年は思い切って、母の日に、真っ赤なカーネーションを宅配便で贈った……。
母から、すぐに電話。
「びっくりした。何事が起きたのかと思った。こんなの、もらったの初めて。ありがとう!」

初めてで、ごめんなさい。
こちらから、「ありがとう」を言わなければならないのに。


親のこころ

木村耕一編著

定価 1,575円(税込)

(本体1,500円)

四六判上製 288ページ

ISBN4-925253-11-5

http://www.10000nen.com/?p=566