「歎異抄の旅」関東編・幸せは呪文や祈祷では得られない

歎異抄の旅」の取材で、茨城県常陸大宮市の法専寺を訪問しました。
 この寺の開基は、元は山伏で、名を弁円(べんねん)といいます。「幸せは、呪文や祈祷では得られない」と断言される親鸞聖人をうらみ、殺害しようとした人物です。
 ところが、剣を振りかざして親鸞聖人の館に押しかけた弁円は、逆に、親鸞聖人の弟子になったのでした。
 何があったのでしょうか。『月刊 人生の目的』12月号に掲載しました。
『月刊 人生の目的』は、書店では買うことができない魅力あふれる年間購読の雑誌です。
 下記の『月刊 人生の目的』のサイトから、「歎異抄の旅」の一部を読むことができます。
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「歎異抄の旅」を『月刊 人生の目的』で連載中

 古典『歎異抄』の理解を深めるために、親鸞聖人の旧跡を訪ねる連載を、『月刊 人生の目的』に掲載しています。
 11月号には、茨城県の真佛寺、報佛寺を訪問し、
「なぜ、親鸞聖人は田植えをされたのか」
「河和田の平次とおすわ」の伝説について、現地を取材した写真とともに掲載しています。

『月刊 人生の目的』は、書店では買うことができない魅力あふれる年間購読の雑誌です。
 下記の『月刊 人生の目的』のサイトから、「歎異抄の旅」の一部を読むことができます。
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報佛寺の近くにある「親鸞聖人田植え歌」の旧跡

 

百人一首「さびしさに 宿をたち出でて ながむれば いずこも同じ 秋の夕暮れ」

「なぜか、寂しいなあ。どこへ行っても孤独だ」と詠んだ歌が百人一首にあります。いつの時代も、同じなのではないでしょうか。木村耕一noteで、歌の背景を解説します。

 さびしさに 宿をたち出でて ながむれば
    いずこも同じ 秋の夕暮れ
       良暹法師(りょうぜんほうし)

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「なんでもないことを、心配していない?」イソップ物語

  不安をあおる情報や、無責任な批判が、あふれています。イソップは、「気にしなくていいよ。ライオンでさえ、こんなことがあったんだから」と励ましてくれています。木村耕一noteに掲載しました。

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茂本ヒデキチ先生の墨絵を『月刊 人生の目的』10月号に

 無実の罪で都を追放され、越後へ流刑にあった親鸞聖人。
 しかし、誰をうらむこともなく、
「なんとありがたいことか!もし私が流刑にあわなければ、都から遠い地方の人々に、仏教を伝えることができなかったに違いない」
と、ポジティブな言葉を残しておられます。
 流罪の地、越後の居多ヶ浜に上陸される親鸞聖人の姿を、茂本ヒデキチ先生に描いていただき、『月刊 人生の目的』10月号に掲載しました。
歎異抄の旅」のコーナーには、親鸞聖人が京都を出発されてから、越後(新潟県)へ到着されるまでの道中のエピソードを紹介しています。
(書店では販売していません。定期購読が中心の雑誌です)
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森鷗外が『高瀬舟』に秘めた2つの謎! 「なぜ生きる」と安楽死を『歎異抄』で解く

 森鷗外の小説『高瀬舟』というと、「安楽死」の議論を思い浮かべる人が多いと思います。しかし、もっと身近で素朴な疑問「幸せとは何か」を、私たちに投げています。
 森鷗外は、答えを書いていません。まず、考え始めることが大切だと言いたいのでしょう。『歎異抄』の視点から、『高瀬舟』に秘められた難問を分析し、木村耕一noteに掲載しました。

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「自分らしさ」を大切にするほうが、幸せになれますよ。木村耕一noteに、イソップ物語(6)

「自分はダメだな」「あの人、うらやましいなあ」と落ち込むことはありませんか。そんな時、どうすれば? 
イソップは、子イヌのまねをして、失敗したロバの話をして、「『自分らしさ』を大切にするほうが、幸せになれますよ」と言っています。

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