こんにちは、木村耕一です。
「居眠り」が、人の命を救った記録が、『名将言行録』にあります。
しかも、徳川幕府2代将軍・秀忠の、タヌキ寝入りでした。
ある日、将軍・秀忠は、家臣の野間を呼んだ。
野間は不器用で目立たない男だが、とても律儀で、黙々と使命を遂行するので、秀忠は厚い信頼を置いていた。
日頃の働きへの褒美の意味で、鶴の吸い物をご馳走しようとしたのである。
野間にとっては、大変な名誉である。
しかし、野間は、緊張して、体がカチンカチンになっている。
ゆっくりと味わえるような精神状態ではなかった。
そこへ膳が運ばれてきた。
吸い物のお椀が載っている。
平伏している野間に、秀忠は、
「さあ、遠慮しないで食べるがよい」
と優しく声をかけた。
「はっ」
と答え、お椀を手に持ち、押し頂こうとした。
ところが、あまりにも高く持ち上げすぎて、頭上でバランスを崩し、汁をこぼしてしまったのである。
「あっ、熱っ!」
熱湯が首筋から背中へ流れ込んでいく。
将軍の前でこんな失態を演じて、どう責任をとるのか。
熱さをじっと我慢し、恐る恐る将軍の方を見ると……。
なんと秀忠は、いつの間にか脇差しを頬杖にして、こっくりこっくりと居眠りをしているではないか。
周囲の者も機転を利かせて、将軍が寝ている間に台所から別のお椀を運んできて、
「どうぞ、ごゆっくり……」
と小声でささやいた。
野間が、今度こそ、落ち着いて吸い物を食べ始めると、ようやく秀忠が目を覚まし、何も知らないふりをして、
「ああ、つい、うとうとしてしまった。日頃の疲れが出たのかな。
おう、そうであった……。どうだ、野間。
吸い物の味は?
その鶴は、わしが狩りで取ってきた鶴だぞ」
と語りかけた。
野間は一徹な男だけに、この失態を苦に切腹するだろうと、秀忠は読んでいたからである。
「はっ、ことのほか……」
それ以上は言葉にならない。
野間は、平伏しながら、将軍の思いやりを肌で感じ、男泣きに、泣いていた。
(『思いやりのこころ』より)
将軍・秀忠の思いやりを察して、そっと吸い物を交換し、武骨者の失敗をかばった人たちの優しさも心にしみます。
身分の差がやかましい封建時代にさえ、こんな温かいエピソードがあったのです。
人のミスを見て笑ったり、あざけったりすることなく、心の通った人間関係を築いていきたいですね。
思いやりのこころ
木村耕一編著
定価 1,575円(税込)
(本体1,500円)
四六判上製 288ページ
ISBN978-4-925253-28-4
http://www.10000nen.com/?p=581
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