江戸時代に起きた大事件ではあるが、人間が2人以上集まれば、どこにでも起こる悲劇である



こんにちは、木村耕一です。


明日は12月14日。有名な忠臣蔵赤穂浪士の討ち入りの日です。
毎年この時期になると、テレビでも特集番組やドラマが放映されますね。
今年も、NHKの「ヒストリア」で取り上げられますし(15日)、テレビ朝日ではスペシャルドラマが放送されます(25日)。

この話から、私たちは、どんなメッセージを学べるでしょうか。
『まっすぐな生き方』に書いた6章を、1つずつ転載してみます。




忠臣蔵』のメッセージ1




忠臣蔵』は、日本人に大人気である。
江戸時代から人形浄瑠璃や歌舞伎で大ヒットし、現在も、映画やドラマ、バレエ、オペラなど、あらゆるジャンルで人気を博している。
なぜ、これほど時代を越えて、多くの人の共感を呼ぶのだろうか。
実はこれ、「江戸時代に起きた大事件」ではあるが、本質的には人間が2人以上集まれば、どこでも起こりうる悲劇だからであろう。


吉良上野介浅野内匠頭の関係は、接待係の上司と部下


時は、元禄14年3月14日。
江戸城、松の廊下に、赤い血がほとばしった。
35歳の浅野内匠頭が、突然、
「おのれ! この恨み……」
と叫んで、61歳の吉良上野介に斬りかかったのである。
「ここで刀を抜いたら、わが身は切腹、家名は断絶が掟」とは、百も千も承知していたが、内匠頭は、やってしまったのである。
なぜ、怒りを抑えることができなかったのか。ここまでの経緯を、『新編忠臣蔵』(吉川英治著)を基に見てみよう。
まず、浅野内匠頭とは、どんな人物なのか。
赤穂藩5万3千石の大名である。わずか9歳で3代藩主となり、「殿様」としての教育を受けてきた。常にトップであり、他人に頭を下げることなど、ほとんどない境遇で育ってきた。

刃を向けられた吉良上野介のことを、時代劇では「高家筆頭」と呼んだりする。「高家」とは、幕府の儀式・典礼を司る役職である。
上野介は、高家のトップで、高い官位を持っていた。しかも、吉良家は鎌倉時代から続く名門であり、気位の高い人物であった。

江戸城では、毎年3月に、京都から朝廷の使者(勅使)を迎えて盛大な儀式が行われる。
2人の衝突は、浅野内匠頭が、この年の「勅使饗応役」に任命されたことに始まる。饗応役とは、一行の出迎え、食事、宿泊などの接待係だ。名誉ともいえるが、一切の経費は担当する大名が負担することになっていた。しかも、粗相があっては幕府の威信にかかわるので、絶対に失敗は許されない。大名にとっては、実に頭の痛い任務であった。
内匠頭は、一度は、幕府に対して、
「私は格式や儀礼を、よくわきまえておりません。まして若輩の身です。何とぞ、この任務は、別の者に任命していただけないでしょうか」
と辞退を申し出た。しかし、次のように諭されている。
「その心配は要らぬ。毎年、饗応役に命じられた者は、皆、吉良上野介の指南を受けて、滞りなく務めておる。そなたも、すべて、上野介の指図に従えばよいのだ」
つまり、吉良上野介は、浅野内匠頭が、ミスをしないように、指導、監督する立場にあったのだ。


「自分は正しい」という思いが強いと悪意はなくても、相手を怒らせる


早速、浅野家から吉良家へ、家老が挨拶に出向いた。
こんな時、手ぶらで来る者はいない。上野介は、大きな期待を抱いて待っていたのだが、それはすぐに落胆に変わり、素っ気なく追い帰してしまった。進物が、あまりにも少なかったからである。
「何じゃ! 5万3千石の浅野家ともあろうものが、この程度の手土産とは。人をばかにするのも甚だしい。あんな田舎者に、饗応役が務まるものか!」
上野介は腹が立った。「軽く見られた」「ばかにされた」としか思えなかったのである。
しかし、内匠頭には、少しも悪意はない。彼は、こう弁明するだろう。
「私は、清廉潔白な武士道の君主を目指している。幕府の高官である吉良殿に、まるで賄賂のように金品を贈るのは、かえって失礼だろう。この大任を果たした後で、しっかりとお礼をするつもりだ」
ところが、饗応役を命じられた大名は、指南料として、それ相応の金品を、前もって贈るのが、当時の常識になっていた。それが、高家の役職に付随した収入とみなされていたのである。
内匠頭は、「自分は正しい」という思いが強く、少しも疑っていないが、世間に疎かったといわれてもしかたがない。
ちょっとした行き違いや誤解が、怒りの心を生み、取り返しのつかない事態に発展することは、よくあることである。


悪い感情を抱くと、ささいなことでも、悪いほうへ、悪いほうへと考えてしまう


間もなく、内匠頭自身が吉良家を訪れ、師匠に入門する弟子のように、慇懃な礼をとって指導を仰いだ。
上野介は、
「こいつは、それほど愚鈍な男とも見えない。もしや指南料のことは知っていながら、口先でごまかして、出さずに済ませようというずるい手口かもしれない」
と、かえって邪推するようになった。
一度、悪い感情を抱くと、ささいなことでも、悪いほうへ、悪いほうへと考えてしまうから恐ろしい。



まっすぐな生き方
木村耕一著
定価 1,575円(税込)
(本体1,500円)
四六判上製 296ページ
ISBN978-4-925253-41-3
1万年堂出版発行
http://www.10000nen.com/?p=574