人を責め、偉そうに批評する吉良上野介――「思いやり」がなければ、2人の関係は、こじれるばかり



こんにちは、木村耕一です。


今日は、忠臣蔵で言えば、赤穂浪士の討ち入り当日です。
昨日の続きで、『まっすぐな生き方』から転載してみます。




忠臣蔵』のメッセージ2




3月11日。いよいよ勅使一行が、江戸に到着する日を迎えた。
浅野家の家臣にも緊張が走っている。
接待初日の朝、昼食の準備をしているところへ、吉良家から使いが来て告げた。
「しかとは分からぬが、本日は、勅使にはご精進日のように承っておるゆえ、料理には魚鳥類、お用いなきように……」
内匠頭は、愕然とした顔色になった。
料理は、3日も前から厳選し、丹誠込めて作ってきたものばかりだ。今さら変更できるわけがない。時間がない。
それでも大急ぎで、精進料理の支度を始めた。台所には、戦場のように包丁が光る……。
「精進日というのは真っ赤なうそだ!」と判明したのは、勅使の行列が到着してからであった。
「吉良の狸め、何か含むところがあるに違いない」
と、浅野の家臣は怒りをぶつける。
内匠頭は、予定どおりの料理を出すことができ、ほっとして、常と変わらない表情で勅使に挨拶を述べていた。


3月12日。浅野家は、増上寺の掃除を行った。勅使の参詣に備えるためである。壁、障子、襖、天井洗いなど、夕刻までに、すべてやり終えた。
ふと、誰かが、「畳は?」と言った。
すると家老が答える。
「畳替えをすべきか、どうか、吉良殿にお伺いしたところ、『正月に替えたばかりだから、そこまでしなくてもよい』というお指図であった」
昨日の、精進料理の一件もある。不安を感じた家臣が、別の大名の持ち場へ行ってみると、青畳のにおいが、ぷーんとするではないか。すべて新しく替えられている。
寝耳に水を浴びせられた内匠頭は、
「またしても、上野介め、だましおったか。今宵のうちに、手配せい」
と命じた。
家臣たちは、「こんな時は、金の力だ」と、現金を懐に入れて、畳職人を集めるために江戸じゅうを走り回った。畳は2百数十枚もある。武士も職人も区別はなく、夜を徹しての涙ぐましい努力が続けられた。


明けて3月13日。増上寺の検分に来た上野介は、
「かねて、内匠頭殿は裕福だと聞いていたが、一夜のうちに、これだけの畳を替えられたとは、さすがだ。何事も、金銀さえ惜しまなければ、物事は、うまく運ぶものでござるよ」
と、皮肉交じりに褒めたてた。
果たして、上野介の嫌がらせだったのか、言い間違いだったのか。
それとも浅野家側の聞き誤りだったのか……。
いずれにせよ、徹夜で作業した人たちが、目の前にいるのだ。なぜ、一言でも、労をねぎらう言葉が出ないのだろうか。こういう思いやりのなさが、ますます人間関係を悪化させていくのである。


内匠頭は、怒りと憎しみがわいてきて、夜も眠れない。眠ろうとすれば、吉良の顔が浮かんでくる。笑いながら人を責め、偉そうに批評する声が、耳鳴りのように聞こえてくるのであった。



まっすぐな生き方
木村耕一著
定価 1,575円(税込)
(本体1,500円)
四六判上製 296ページ
ISBN978-4-925253-41-3
1万年堂出版発行
http://www.10000nen.com/?p=574