「はじめに」より著者の言葉


 相手を思いやる一言が、生涯、忘れられない感動を与えることがあります。

 ある日、東京ディズニーランドに若い夫婦が訪れ、レストランで「お子様ランチ」を注文しました。

 応対したアルバイトの青年は戸惑いました。この夫婦は、子供を連れていないのです。マニュアルではお断りすることになっています。

「おそれいりますが、大人の方には……」
と言おうとしましたが、思いとどまって、

「失礼ですが、お子様ランチは、どなたが食べられるのですか?」
と尋ねてみました。

 すると、奥さんが、うつむいたまま話し始めたのです。

「死んだ子供のために注文したくて……」

「……」

「私たち夫婦には、なかなか子供が授かりませんでした。ずっと願い続け、やっと娘が生まれましたが、体が弱く、1歳の誕生日を待たずに亡くなってしまいました。今日は、その子の命日なのです……」

「そうだったのですか……」

「子供が大きくなったら、親子3人でディズニーランドへ行こうと、楽しみにしていました。とうとう実現しませんでしたが、1周忌の今日、せめて、私たちの心の中に生きている娘をディズニーランドへ連れていってやりたいと思ったのです。本当に娘が生きていたら、ここで一緒にお子様ランチを食べたんだな、と思うと、つい注文したくなって……」

 アルバイトの青年は、笑顔に戻っていました。
「お子様ランチのご注文を承りました。ご家族の皆様、どうぞ、こちらへ」
と言って、この夫婦に、2人用のテーブルから4人がけの家族テーブルへ移動してもらい、子供用のイスまで持ってきたのです。

「では、お子様はこちらに」
 まるで子供が生きているかのように小さなイスへ導きました。
 まもなく運ばれてきたのは、3人分のお子様ランチでした。
「ご家族で、ゆっくりお楽しみください」
 アルバイトの青年は笑顔で去っていきました。

 この心遣いに感動した夫婦は、
「お子様ランチを食べながら、涙が止まりませんでした。まるで、娘が生きて いるように、家族団欒を味わいました……」
と、帰宅してからお礼の手紙を書いたといいます。

 東京ディズニーランドの生みの親・堀貞一郎氏が、各地の講演で、このエピソードを紹介したところ、大きな反響を呼び、新聞、雑誌などでも紹介されました。口コミでも感動の輪が広がっているようです。

 アルバイトの青年の機転には、思いやりの心が光っています。本人にしてみればちょっとした配慮だったかもしれません。しかし、その、ほんの少しの気遣いを、家庭や職場で、皆が持つようになれば、どんなに人間味のある、温かい世の中になるでしょうか。

 殺伐とした事件や、不正を糾弾するニュースが、毎日のように報道されている今だからこそ、「思いやり」の心が求められています。
思いやりとは、相手の立場に立つ気遣いであり、和する心であり、利他の精神です。これは、日本人が昔から大切にしてきた心です。

 第1章、第2章には、古今東西のエピソードを集めました。思いやり、利他の精神を実践しようとした人たちの人生は輝いています。

 第3章では、日本で最も読まれている古典『徒然草』を意訳で味わいます。作者の吉田兼好は、手紙や日常会話、他家を訪問する礼儀に至るまで、「こういう感覚はいけない」「これは、趣があっていい」などと、短い文章でズバッと批評しています。古きよき日本の「心」に触れる思いがします。

 第4章は、シリーズ恒例の、読者の皆さんのページです。
 1万年堂出版から、「心にしみた親切」「元気を与えてくれた言葉」などのテーマで体験談を募集したところ、感動的なエピソードが多く寄せられました。「日本も、決して悪くなってはいないぞ」と、ほほえましい気持ちになるものばかりです。

 この本に掲載できた体験談は、その一部にすぎません。原稿をお寄せいただいた皆様に、心からお礼を申し上げます。