◆『こころの道』「はじめに」より著者の言葉

 春になると、雪深い富山も、田んぼの色が一変します。
 赤、白、黄色のチューリップの花が、何百万本も咲きそろうからです。

 ゆっくり走るディーゼル機関車に乗って、高岡駅から砺波方面へ向かうと、窓の外に花畑が現れてきます。まるで色鮮やかな絨緞を、見渡す限りの田んぼに敷き詰めたような美しさ……。今から30年ほど前、高校へ通う朝の光景ですが、今でも忘れることができません。

 チューリップ栽培の農家の人に教えられました。
「冬の間、暖房のきいた、あたたかい部屋に置いた球根は、春になっても芽を出しません。雪に埋もれ、寒さに耐えた球根だけが、やがて鮮やかな花を咲かせるのです」

 あんなに可憐なチューリップにも、人知れぬ試練があったのか……。
 そう感じた時、これくらいでへこたれてはいけないな、と知らされました。
 こんな、ささいな話を聞いただけでも、心が前向きになることがあります。
「心」は、「ころころ」と変わりやすいもの。すぐに浮かんだり、沈んだりします。放っておいたら、どこへ転がっていくか分かりません。
 自分の心を前向きに保つには、ためになる話を、できるだけ多く知っておいたほうがプラスになります。

 イギリスのある作家は、
「人生は、稽古をする時間もなく舞台に上がらねばならない劇である」
と言いました。確かに、毎日が、ぶっつけ本番です。
 しかし、この地球上には、何千年も前から人が生きています。いつの時代も、人間として悩むことに大差はありません。

 無数の先輩たちは、生涯かけて学び取った教訓を、諺、格言、寓話などにして、私たちに残してくれました。これはお金では買えない宝物です。その時の自分にあったものを選び取れば、大きな指針になるでしょう。

 すでに2500年も前の中国に、
「故きを温ねて新しきを知る(温故知新)」
という戒めがあります。
 世の中が混乱し価値観が大きく揺れている今だからこそ、昔から伝えられてきたいい話に、目を向けてみませんか。その中から、きっと新しい時代を生き抜くヒントが見つかるはずです。

 1万年堂出版から、「壁を乗り越えた体験談」を募集したところ、読者の皆様から数多くの原稿が寄せられました。編集部と協力して選考を進め、本書に掲載したのは、ほんのわずかにすぎません。採用できなかったものも感動的なお話ばかりでした。ご応募いただいた皆様に、心からお礼を申し上げたいと思います。