徳川斉昭、目先のことより、50年、100年後の子孫のために



こんにちは、木村耕一です。

水戸城下でのこと。
山すそで、1人の老人が、松の苗木を植えていました。
そこへ3人の武士が通りかかったのです。


曲がった腰で、ゆっくりと土を掘り、1本、1本、丁寧に植えている姿を見て、武士は、ふと、疑問を感じました。
「これ、爺よ。そなたは幾つになるのか」


突然、声をかけられ、老人は驚いて平伏しました。
「もう、古希(70歳)を過ぎました」


「その歳になって、そんな小さな苗木を植えて、どうするつもりだ。
大きく育つ姿を楽しみにしているのだろうが、1年や2年で伸びるわけがない。おまえが生きている間には、無理な話じゃ。
ムダな苦労ではないか」


すると老人は、静かに顔をあげました。
「おっしゃるとおりです。立派な木じゃ、銘木じゃといわれまでになるには、50年、100年という年月がかかるでしょう。
しかし、わしが今、松の苗木を植えているのは、自分のためではないのです。
子や孫の代に役立ってほしいと願ってのことです。
実は、我が子も、わしが苗木を植えている気持ちを理解してくれません。
人間は愚かなもので、どうしても、目先のことばかり考えてしまうようです。
この木が大きくなれば、いつか分かってくれるでしょう。
老い先短い貴重な時間を、子孫の幸せのために、使いたいのです」


武士は、これを聞いて深くうなずきました。
「なかなかうまいことを言うな。
国を治めるにも、目先のことにとらわれず、50年、100年後の子孫の幸せを願って取り組むべきだということか……。
今日は、そのほうに教えられたぞ」


老人に礼を言い、頭を下げてを立ち去った武士こそ、幕末の水戸藩主、徳川斉昭でした。身分を隠して城下を視察していた時のエピソードです。