夏目漱石、厳しい叱責と、無言の心遣い



こんにちは、木村耕一です。


夏目漱石は、文学を志す若者の面倒を、よくみていました。
しかし、多くの弟子たちが頻繁に訪問してくると、自分が原稿を書く時間が少なくなってしまいます。
それでも面会日を毎週木曜日に決めて、深夜まで談笑することが多かったといいます。


鈴木三重吉内田百輭芥川龍之介など、やがて日本文学界をリードするようになる錚々たるメンバーが集まっていました。


ある日、地方に住む文学青年から、漱石に手紙が届きました。
そこには、
「就職口を、お世話していただけないでしょうか」
と書かれていました。


漱石は多忙な毎日でしたが、こんな手紙にも、まめに返事を出しています。
受け取った青年は大喜びです。
「きっといい就職口を見つけてくださったに違いない」


期待に胸躍らせて封を切ってみると、意外にも、
「生計を立てる道は、自分で見つけるものだ。
人に探してもらおうという考えなど、もってのほかだ」
と、厳しい言葉が連ねてありました。


青年は、意気消沈してしまいました。
甘い考えでは競争の激しい社会でやっていけないぞ、という励ましだろうと思っても、元気が出てきません。


そして、便箋を封筒へ戻そうとした時のことです。
中から、ひらりと1枚の紙片が落ちました。
なんと50円(現在の約5万円)の為替ではありませんか。
手紙の文面では一言も触れられていなかったのに……。


厳しい叱責と、無言の心遣い。
青年の目からは熱い涙がこぼれました。